「じろはったん」
あらすじ
時は昭和18年、折しも日本は太平洋戦争のまっ只中であった。
戦況は次第に悪化し、学徒出陣・学童疎開も始まった年である。
じろはったんは知的障害のある青年だが、優しく純粋な心の持ち主で、いつも子どもたちの人気者、村の人々の暖かいまなざしの中で暮らしていた。
わら人形を的にした竹槍訓練では、人形がかわいそうとすがりついてとめ、花束を供えるじろはったんであった。
のどかな但馬の春、咲き乱れるレンゲ畑で子どもたちと楽しく遊ぶじろはったん。
おっ母のもらってきた「浦島太郎」の絵本を読んでもらい、乙姫様に見入るじろはったん。
だが平和な時は続かずついに兄弟のような新やんにも赤紙(召集令状)が来る。
「わいも行く」というじろはったんを気づかいながら、出征していく新やんであった。
昭和19年、但馬の村にも神戸から疎開児童がやってきた。和尚をはじめ村人たちは温かく迎える。
付き添いの石野先生はきれいで若く、じろはったんには竜宮城の乙姫様のように思えるのであった。
じろはったんが新やんの夢を見てうなされてからひと月後、新やん戦死の知らせが来る。
南方へ行く途中、船が魚雷にあたり海に沈没したのであった。
昭和20年8月15日、日本は天皇の玉音放送をもって終戦を迎えた。石野先生と疎開の児童も神戸へ帰っていく。
石野先生から手紙をもらったじろはったんは字の練習を始め、やっと「しんやん」と書けるようになるが、手紙を出したのに新やんが戻ってこないとおっ母を困らせる。
おっ母は、新やんは海底の竜宮城へ行って戻ってこられんと話し、石野先生も一緒に海へ行くことにする。
新やんの誕生の記念に植えられたというお寺の泰山木の葉に「しんやん」と書いた紙をぬいつけ木の葉の舟をつくって海へ流すじろはったん。
「新やーん」とじろはったんの声は但馬の美しい海に響いていくのだった。
著者 森 はな さんの紹介
明治42年(1909)4月16日養父郡大蔵村宮田(現朝来市和田山町宮田)に生まれる。
昭和3年兵庫県明石女子師範学校卒業後、教職に就く。
昭和35年退職。昭和25年から退職まで学校劇の研究に取り組み、シナリオの勉強をする。
昭和35年神戸児童文学「あすの会」の同人になる。
昭和48年最初の出版「じろはったん」で、翌年第7回日本児童文学者協会新人賞。
昭和57年「こんこんさまにさしあげそうろう」で第5回絵本にっぽん大賞。
昭和59年加古川文化賞ほかを受賞。平成元年ご逝去。
森はなの伝記「NHK朝ドラ」への署名活動
大蔵地域自治協議会では「じろはったん」の著者森はなさんの伝記の「NHK朝ドラ」化を目指し署名活動を行っています